明日は明日の風が吹く・70代日々の綴り

(月の雫・・・)からのブログ名変更してます)

今更になって生きてる意味を考えても仕方がない
今、生きてる事が重要
来るであろう明日、来ないかもしれない明日
人はそう言う薄氷の上で
毎日を過ごしてるのだと思う
だから、今日が大事、今が大事
明日は明日の風が吹く

義姉の人生

義姉は空に旅立ったそうです。
静かに穏やかに見送られて。
最期のお別れは叶わなかった後悔はあるけれど
私も少しは心が落ち着きました。


義姉は3年前、ちょうどコロナが流行りはじめた時に
入院して闘病していた義兄を見送った。
ちょうど志村けんさんがコロナで亡くなったそのすぐあとだったので
義兄はコロナで亡くなったのではないが
葬儀も結局近くに住んでる少ない身内だけで行い
私は出席が叶わなかった。


10年に及ぶ義兄の介護。
入院してると、看護師さんの手の届かない事が多くて
床ずれが出来たり、おむつ交換も頻繁ではないから
自宅で自分が面倒を見ると
義姉は義兄を病院から引き取った。


義兄は、特に認知があった訳ではないから
家に帰って来てからは
義姉の手助けで徐々に動けるようになり、
トイレも一人で行けるようになり
義姉も義兄も頑張っていた。


時々,義兄はディケアに行ったりショートスティに行ったりして
義姉も自由な時間を作って
健康麻雀に行ったり、お友達と会ったり。


ある日、お腹が痛いと苦しんだので
救急車で運ばれ、結局は亡くなった。


それからしばらくして
長年住んだ東京を離れ
姪の住んでいる場所のすぐそばにマンションを買い
そっちに引っ越して、
ようやくの悠々自適の生活だった。


なぜ、そんなに悪くなるまで気が付かなかったのか?
大腸癌なら、予兆があるはず。
便秘と下痢を繰り返す、血便が出る、
便が細くなるなど、夫の症状はそうだった。


夫は下行結腸だったが、義姉は上行結腸の辺りに出来た腫瘍で
小腸から運ばれたものがまだ固まっていなくて
腫瘍があっても、通ってしまうそうで
あまり便に異変はなかったらしい。


大腸から転移した肝臓の腫瘍も
10センチほどの大きさだったらしく
この肝臓の腫瘍が悪さをして
めまいや吐き気などの症状が出たそうだ。


手術しても手の施しようがないと言われ
それなら手術はしない、痛みと吐き気だけ
取ってくださいとお願いしたと言う。


弟(私の夫)と同じようにホスピスに入りたいと
言ったらしいが
その病院の先生が「ホスピスは看護師さんが常駐していても
医師はいないから、うちの病院で出来る限りの
痛みを取り除くので入院していてもいいですよ」と
おっしゃったそうだ。


私の憶測では、多分余命はもっと短いと
先生は思った気がする。


病院はマンションのすぐそばだし
姪の所からも近い。


なので、その病院にお任せしたそうだ。


3日の日に、義姉は痛い痛いと訴えて
結局はモルヒネを使った。


夫の場合は、やっぱりかなりの痛みで
モルヒネを打ってくれと頼んで
点滴でモルヒネを入れた。


それまでは胸に貼るパッチのモルヒネを使っていたが
どんどん効かなくなって来ていた。


看護師さんが「眠りますけどいいですか?」と聞いたので
夫は「眠ってもいいからこの痛みを何とかしてくれ」と
叫ぶように言ったので点滴を入れたが
目覚める事もなく、それから1週間後に亡くなった。


義姉の場合は点滴ではなく、注射だったそうだ。
なので、夫よりも短い時間で亡くなったのだろうと思う。
苦しまずに逝けたことが唯一の救い。


長い間苦しまずに済んだのだから・・・


偶然なのだが、義姉の亡くなった時間と
夫が亡くなった時間はほとんど同じだった。


義姉は5人兄弟、一番上の長男さんが
3歳で早世してるので戸籍上では6人兄弟。


一番上のお兄さんは、50代の若さで胃がんで亡くなった。
同じ年に今度は長女さんがやっぱり50代で亡くなった。


そして可愛がっていた弟を(私の夫)を亡くし
義姉はそれでも気丈に生きた。


義兄を看取ってようやく安心したと言っていた。


長年疎遠だった腹違いの妹さんとも付き合いだして
義姉には子供がいなかったが
長女の子の姪と甥、それにわが家の息子2人を
それはそれは可愛がってくれていた。


誰でも人生はそうたやすくはない。
でも、人生を振り返ってどう生きたかで
その人の心の豊かさ、充実した人生だったかが
分かるのではないかと私は思う。


義姉は、とても立派に生きた。
後悔のない人生ではなかったかと思う。
いや、そう固く思いたい。
幸せな人生だったと・・・


義姉は旅行好きで
義兄を一人置いても(義兄は旅行嫌い)、
一人や友達と国内はもとより、
海外も毎年のように行っていた。


父親を見送り、(母親は早くに亡くなった)
兄を見送り、姉を見送り、弟を見送って
大事な夫を見送り
そして自分も心置きなく旅立ったと思いたい。


義姉を思うと涙が出るが
普通に起きて、普通に食べて寝て
私は何て冷たいんだと思ったり
心は揺れ動く。


あの世とやらがあるなら、
きっと義姉はみんなに再会して
幸せなんだろうと心から思う。


お義姉さん、ありがとうございました。
いつかまた会えますね、
でも、まだもう少し待っていてください。


義姉が今月に入ってから送ってくれた梨を食べた。
農家さんにすでに8月中に頼んでいてくれたようだ。
大きな大きな梨・・
夕飯の後に親子でいただきました。
とても甘い、それでも寂しい味の梨を
何だか無言で3人で食べました。


さようなら
秋思の心 胸にして
あなたを忘れません


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